!高校生設定

スクイズ

忍足と野球部の試合を観に行って以来、の顔を見て話すことが難しくなった。教室でのはデパートのねーちゃんじゃねえのに。いつものなのに。を見ると背中がむず痒くなって、妙にこっ恥ずかしくなる。なんだ俺、激ダサにもほどがある。

……一応、を、その、好きになってしまった、という予感というか自覚はある。

は今日も来る東東京大会に向けて、お守り作りに精を出している。更に千羽鶴という大物が加わった。うちのクラスに野球部員はいないから、机の上にどっさり材料を載せて堂々と手を動かせる。先週行われた抽選会で初戦の相手も決まり、マネージャーも含めて野球部は気合いが入っているようだ。

「ねー、宍戸! ぼーっと見てないで鶴折るの手伝ってよ!」

「え? あ、ああ、いいけど」

「お守りだけでも四十個以上作らなきゃいけないのに、千羽鶴だよ、千羽鶴!」

野球部には相当な大所帯のテニス部とは違って四十名強の部員が在籍している。あまり強くないことを考えるとそれでも多い方なのに、テニス部と比べるとどうも少なく思える。千羽鶴も含め、お守りを四十個以上も唯一のマネージャーであるだけで作るなんて気の遠くなる作業だ。それも練習中にやるなんて出来るわけがない。休み時間や睡眠時間を削って、は、不器用な手つきで一つ一つ作り上げていく。どう見ても日に日に色濃くなる疲労を隠し切れていない。たまに授業中も内職してるしな。

それでもはチームのために、と一心不乱に手を動かし続けている。口に出すのも恥ずかしいけどよ、正直いってこんだけ一生懸命になってもらえる野球部がうらやましい。

「目標はベスト16なんだろ? 達成できそうなのか?」

「うーん、どうだろうなあ。例年に比べたらいい線いってると思うんだけど、スポーツは何があるか分かんないし」

「そうだよな、シード獲ってたって必ず勝てるわけじゃなし、獲ってなくたって勝てることもあるしな」

「テニス部は? インハイ行けそう?」

「枠は多いけどな。まあ、それ関係なしに勝たなきゃ意味ねえし」

「宍戸も出るんでしょ? えーと、鳳くんだっけ?その子とダブルスで」

「このまま行けばな」

は針に糸を通す手を止めて、「都大会とかは多分行けないけど、インハイは応援に行くね!」と笑顔を向けた。あまりの眩しさに一言お礼を返すのが精一杯だ。

「だから宍戸も応援に来てね!」

なんでがそう言い出す前に「応援に行く」って言い出せねえんだよ、俺!完全に先越されてるじゃねえか!

「……おう。人は多いほうがいいだろうからな」

だっから、なんで俺はこういう言い方しか出来ねえんだよ!なんかもっと他に言い方あっただろ、俺!は遠回しに「頑張って」っていってくれてるのによ……。自分で自分を殴りたくなった。

はそんなのも気にせず、「うちの学校って、本当に応援好きだもんねえ。弱くても来てくれるし、運動部員としちゃありがたいけど」と笑った。

のひどく地道な作業はそれから十二日間も続き、ようやっとゴールにたどり着いた。俺は休み時間になるとを手伝い、授業中は板書を写しながらも内職をするが困らないようにと、普段より真面目に授業に取り組んだ。

は何度となく針を指にぶっ刺しつつも(俺はそのたびに黙って絆創膏を渡していた)、白いフェルトに赤い糸で縫い取りがされたボール型のお守りを完成させ、クラスの奴、特に女子が千羽鶴を折るのを手伝ったこともあって当初の予定より早く終わった。東東京大会も、無事出場が決まったテニス部のインハイももう目前だ。

「宍戸、いつも手伝ってくれてありがとう。すごく助かった!」

「別に俺はたいしたことしてねえよ」

ああ、またやっちまった。これでも目の前の女を好きになった男の態度かよ。こんなん忍足に見られたら鼻で笑われるっつの。

「そんなことないよ。手伝ってくれたお礼、何がいい?」

手製のお守りが欲しい。っていえるか!

いや、ちゃんと正当な理由はある。俺だってこれから大会があるし、願掛けとしてあれば、とも思うしそれがの手作りだったら余計に欲しい。“お礼として”なんだから、頼んだってそこまで不自然じゃないだろうけど、これでに「宍戸は自分に気がある?」とか思われたら、ものすごく恥ずかしい。気があるのは事実なんだけどよ、こういう形で伝えたくねえ。

考え込んでしまった俺を見たは、「じゃあ、何かしらの形でお返しするね」と言葉を残して教室の入り口に立ってを呼んでいる野球部と思しきやつのもとへと向かった。ケッ、あいつももらえんのかよ、お守り。

まだ明るいものの陽も傾き始め、練習もそろそろ終わり、というころ俺は野球場近くにある部室にボールとネットを運ぼうと忍足とコンクリートの舗道を歩いていた。忍足はまた「アー、オリーックスバーファローズ」と口ずさんでいる。最近オリックスは調子がいい。その反面、ヤクルトは足踏みが続く。まるで俺じゃねえか。

思わずため息をつくと、左前方から「えー、ではここでマネージャーからプレゼントがあります」、なんていう声が聞こえてきた。野球場だ。きっとあのお守りと千羽鶴が選手に渡されるのだろう。

「お、あれやん。千羽鶴とお守り渡しとるんか」

「そうに決まってんだろ。おい、早く行こうぜ」

「何かりかりしとんの? 宍戸」

「なんでもねえよ!」

にお守りを手渡されて嬉しそうに笑う部員やら、それを見て嬉しそうにしているやらを見たからといって、何かがあるわけではない。別に、何もない。けど、どうにもむしゃくしゃするのは否めない。俺はにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべる忍足(……デジャヴ)を「早くしろよ!」と唾を飛ばす勢いで急かして、足早にその場を後にした。

練習後のミーティングも着替えも終わった俺は、今日何度目か分からないため息をつきながらチャリ置き場に向かった。こういうときのチャリ通のメリットは、思いっきり漕いでいると何となく嫌な気分が吹っ飛んでいくとこだ。

「……激ダサだぜ」
これまた今日何度目か分からない言葉を口にすると、「何が?」と思いがけない返答があった。漫画だったら「バッ!」と音でもつきそうな勢いで振り返ると、野球部揃いの“HYOTEI”と刺繍が入ったエナメルバッグを斜めがけにしたがいた。

! なんでいんだよ!」

「後ろ、乗っけてもらおうと思って」

「え、それって、つまりニケツ……」

「だめ?」

「い、いいけどよ」

って電車通学じゃなかったか。そう問えば「頑張ればチャリでも行けるよ」……それは俺に頑張れっていってんのか。ばくばくと音を立てる心臓をどうにか無視して、ラケットバッグもエナメルバッグも無理矢理カゴに突っ込んでサドルに跨る。

「ねー、肩と腰どっちがいい?」

「なんだよ、それ」

「いや、肩と腰のどっちに手を回せばいいのかな、と」

「……肩にしてくれ」

腰にの腕が回ったりしたら、意識がそっちにいっちゃって運転どころじゃねえ。確実に事故る。なんか脂汗かいてきた。妙な精神状態の俺と「立ち乗りなんて久しぶりー!」とはしゃぐを乗せたチャリは軽快に走り出し、正門へと続く舗道を歩く野球部員もテニス部員も抜かしていく。ジローと岳人がなにやら騒いでるけど、今の俺はそれに言葉を返せるほど冷静になれない。後ろにがいるってだけでいっぱいいっぱいだ!

校門を出てまっすぐ進み、一回右折すればそこはもう閑静な住宅街だ。二十メートルほど先に小さな公園が見えたところで、後ろから「公園寄ってかない?鶴とチャリのお礼にジュース奢るよ」なんて聞こえてきたので、「俺、ポカリ」と返してチャリの速度を緩めた。

やや朽ちかけているベンチに腰掛けて、が公園内の自販で買ってきたポカリを一口飲みながら、横目でを眺める。……今日はやたら心臓の動きが速くてうるさい。無視できないレベルになってきた。

「あのね、お礼、もう一つあるんだ」

「え、ポカリだけで十分だぜ?」

「んー、正確にいうとお礼だけを意味してるんじゃないんだけど」

外灯の光が反射して白く光る手がスカートのポケットに隠れ、再び顔を出す。

「えっと、宍戸にも、お守り作ったの。さっきもいったけど、これ、お礼って意味だけじゃなくて。宍戸に、大会頑張って欲しくて」

目の前にはの手があって、そこには黄色の円に俺の名前が刺繍されたものがあって。が俺に真剣な眼差しを向けていて。

……期待しないわけにはいかねえだろ、これ。

2009.10.30