梅の花びらがひらりと舞い落ちる。一枚つまみ上げてしげしげと眺めるわたしを、仁王は寝そべりながら気だるげに目の端に捉える。無機質なコンクリートのうえで、どれだけの時間この状況を作り出しているのだろうか。
花びらをつまんで、眺めて、並べて、風に吹き飛ばされる。なんて不毛な。それでもわたしは手を動かすのを止めない。無駄なのにやめたくない。
「なあ、いつまでそれやるん?」
「……わかんない」
「スカートめくれとる」
「うん」
女子がそれでいいんかのう、ぽつりと呟かれた言葉は調子よく聞き流す。今はスカートより梅が大事なのだ。
「」
「俺は眼福じゃけど、ここ、下からもよう見えるって知っとる?」
「え」
のそのそと仁王はわたしとフェンスの間に身体を滑り込ませる。そうだ、屋上にいるんだった。わたしはまた一枚花びらを掴む。さっきより色味が濃い。なぜかじわりと涙が浮かんだ。
不意に背中からぐらりと倒れ、軽い衝撃を受ける。視線を横にずらして、自分の頭が仁王のお腹に乗っていることを察した。ゆっくりと伸ばされた白い手が目の端を沿い、そのまま前髪をさらりと撫でる。
「そんな必要以上にセンチメンタルになることないじゃろ」
「無意識になっちゃうんだよ」
「女子ってのはようわからん生き物じゃのう」
ひときわ寒い冬を越えて間もないからか、もうじき四月だというのに桜はまだその姿を見せず、梅ばかりがはらはらと散る。それがやたらとわたしの不安定さを煽る。テニス部の面々もそろって立海大学に進学するし、些細な変化はあれども別段何かが大きく変わるわけではない。ただ、わたしは高校から大学へと世界が広くなることに期待ではなく不安を覚えている。これまで培った繋がりが薄れてしまいそうなことに。
「何も変化があるのは春に限ったことじゃねえが」
「そうだけど、なんか、怖いんだもん」
「変化に身を委ねるのもええと思う」
ゆっくりと息を吐いてその言葉を反芻する。少しだけ霧が晴れた気がした。梅をもてあそぶ手を止めると、仁王が口の端を持ち上げてわたしの頭に軽く手を乗せる。
「……もう卒業じゃし、この関係に一石を投じてみたいんじゃけど」
何のことかよく分からないわたしは目でその真意を問う。
「相変わらずこういうことには疎いのう」
腕を引かれて仁王に覆い被さる形になる。息づかいが、耳にかかるほどの距離。掴まれた部分が、熱い。視線を外すことが出来ない。何も考えられないままその距離を縮められて、掠めるように唇を奪われた。
「に、おう」
「身、委ねてみんか」
2011.04.02