ドラマチック・スプリング

と孝支くんは本当に正反対ね」

は子どものころから事あるごとに母親に言われてきた。菅原が実直、真面目で几帳面なのに対して、は飽きっぽくてずぼら、おまけに不器用。その立ち位置は、まるで北極と南極のようであった。

菅原家と家は宮城県のとある町に居を構える、いわゆるご近所さんどころかお隣さんの関係で、必然的に二人は幼なじみとなった。お隣さんなだけではなく、同い年だったから二人でワンセット。何をするにも一緒で、兄妹のように育った。温和で優しい菅原が大好きで、の自慢だった。

ただ、その一方で冒頭の一言のように常に比較されるのは、少しだけ辛かった。優等生で一生懸命な菅原と、好奇心は旺盛なものの、すぐに放り出す。どちらが大人に褒められて気に入られるかは、火を見るより明らかだ。

は小学生の時にピアノも書道も自分から習いたいと親に強請ったが、一年も持たなかった。はじめは夢中になって取り組むのだが、途中で他のものに目移りしてしまう。親はため息をついたが、菅原は「俺はの何にでも好奇心を示すところが好きだよ」とフォローしてくれた。

しかし、は「孝支くんは優しいのね。もう、に孝支くんの爪の垢を煎じて飲ませたいわ」などという母の顔を見つめることしかできなかった。

はいろんなことが楽しいんだなー」

小学校の卒業を控えた昼下がり。オーバーハンドパスを繰り出す菅原はとても爽やかだ。そのボールは菅原の性格を表すかのように、曲線を描く。はお世辞にもきれいとはいえないフォームでパスを返す。

中学に上がってバレーボール部に入るという菅原は、「もやらない?」と飽き性のを誘った。これまでにいくつも習い事を放り出したことが頭の中を駆け巡り、表情を曇らせたに「大丈夫だって。チームスポーツなのに、飽きたからって途中で辞めるなんて無責任なことはしないべ」などと優しい声がかかる。

ポーン。
また球体が曲線を描く。

「うーん・・・」

何にでも向かっていく突拍子もない面があるにしては、珍しく歯切れの悪い言葉しか出てこなかった。だってもう中学生になってしまった。小学生の時のように、「他のことがおもしろくなったから辞める!」なんていえないのだ。そのうえバレーボールはチームプレーだ。ピアノみたいに孤独に練習を積み重ねていくものではない。

「俺も一緒だからさ、やろうよ」

何回目かの半円を描いたところで、ボールは菅原の手に収まった。

「ねえ、

「んー……」

「自信ない?」

頭を垂れる。優しく見守る菅原。親に叱られたとき、いつも菅原はしょぼくれたを優しい目と言葉で慰めてくれた。それとまったく同じ構図。何も変わらない関係。

「……やる」

「そういってくれると思ってた」

二人は中学校三年間をバレーボールに捧げた。菅原にとっては至極当然のことであったが、周囲は飽き性のをひやひやしながら見守った。

としては、ただ単純にバレーボールがおもしろかったこと、続くわけがないと思っている両親を見返したかったというプライド、そして誘ってくれたのが菅原であり、その菅原がいるからこそというのが大きかった。

高校三年の春を迎えた今、菅原は相も変わらずバレーボール部の選手であるが、の立場は選手からマネージャーへと形を変えていた。

のめり込んだら一直線のタイプのは、中学時代にはバレーボールに限らずありとあらゆるスポーツ関連の書籍を読みあさり、知識を蓄えた。菅原がその情熱をマネージャーとしてぶつけて欲しいと頼んで来た日のことを、は今もよく覚えている。

無事に二人そろって烏野高校に合格し、のんべんだらりと春休みを謳歌していたあの日。ニュースでは桜の開花を伝えていたけれど、ここ宮城県にはまだ関係のない話だ。

母お手製のアップルパイを食べに来た菅原に、今しがた高校の制服が届いたというと、さも当然のように「着てみせてよ」と返ってきた。

「えー……、どうせ入学式もすぐなんだから今着なくても……」
「いいじゃん。俺に一番に見せて」

この笑顔に弱い。は今さらながらその事実を実感した。

真新しい制服に身を包んだを上から下まで眺めた後、菅原は素直に感想を述べた。

「やっぱには紺色のリボンがよく似合うなー」

「……それはどうも」

照れ隠しに俯くに目を細めた菅原は、をバレーボール部のマネージャーに誘った。自身願ってもない言葉ではあったし、一も二もなく引き受けた。しかし、この日のことをよく覚えているのは、マネージャーに誘われたからだけではないのはいうまでもない。

「一番最初に制服姿を見せて欲しい」とか、「よく似合う」だとか、まるで恋人に向けるような台詞をサラッと宣う幼なじみを、多少恨んだ。なぜならばこのとき既には菅原への恋心を自覚していたし、付き合ってはいないのだから、期待させるようなことは言って欲しくない。

春とはいえまだ吐く息が白い朝、は起きがけの回転の鈍い頭でいつ、なぜ自分が菅原を好きになったのかを思い返していた。それもこれもバレーボール部に誘われた日の夢を見たせいである。

中学時代、練習が辛かったとき、選手としての成長が芳しくないとき、辞めたくなったとき、絶妙なタイミングで菅原はを励まし、やる気を引き起こした。それもまったく自然な形で。

決して責めることをしない菅原の言葉は、ゆっくりと沈み、優しく頭を撫でる手は安らぎをもたらした。は、菅原の手を独占したくなった。独占するには、彼女の座を射止めるしかない。

しかし、思いを伝えたところで菅原が応えてくれるとは限らない。告白したところで気まずくなってしまったら。二人でワンセット、仲のいい幼なじみの関係を失うかもしれない。そう思うと、とても勇気を振り絞ることは出来なかった。長きに渡る今の関係を持続すれば、少なくとも手を失うことはない。

モヤモヤした気持ちを抱えながら、朝練へ参加するためにあくびをかみ殺しながら鞄を引っかけ、ローファーに足を差し入れた。と、そこで家の門扉が開く音がした。反射的にの頭は、音の正体は菅原だと判断した。

「おはよう」

「……おはよう」

朝から菅原への好意の理由などを考えていたせいか、妙に顔を合わせるのが気恥ずかしかった。このときばかりは、登下校を共にする習慣がやや疎ましくなってしまった。珍しく口数の少ないを、菅原も不思議に思ったらしい。

、どうした? 腹でも痛い?」

「ううん、そうじゃなくて」

「変に思われてるけど、まだ誤魔化せる」「この際言っちゃう?いい加減踏ん切りつける?」
脳内をぐるぐる回る天使と悪魔のささやき。

「これから朝練なんだから、変な空気を作っちゃだめ」「何年想い続けるの?墓場まで持って行くつもり?」
ついには足を止めた。

?」

「あの、孝支、わたしね、」

ただならぬ雰囲気を悟り、菅原は真剣なまなざしでを見つめる。切り出したものの、なかなか次の言葉が出てこない。しばらく地面と睨めっこを続けた後、は拳を握り、腹を括った。

「ずっと言おうと思ってたんだけど」

「待った。勘違いだったらすげー恥ずかしいんだけど、勘違いしたまま言わせて」

「え?」

「俺、が好きだ」

つい穴が空くほど菅原を見つめてしまった。たっぷり数十秒間の静寂が続いた後、は自らそれを破った。春風が制服のスカートをはためかす。

「……ずるい。そんなあっさりかっこよく言っちゃうとか」

「男として女の子に言わせるわけにはいかねえべ」

「わたしは一世一代の覚悟で言おうとしたのに」

「ごめんごめん」

笑いながら頭を撫でてくれる菅原の手に、より心地よさを感じる。この手を、独占できるのだ。

「あのさ、ちっとも気づいてなかった?」

「何を?」

「幼なじみとはいえ、もう子どもじゃないんだから好きな子じゃなけりゃ必死に部活に誘ったり、撫でたりしないって」

予想外だった。は、幼なじみだからこそしてもらえている行為だと思っていたのだ。嬉しさがこみ上げ、口許が緩む。きっと、今の自分の顔は真っ赤なうえににやついていて気持ち悪いのだろう。表情を隠すために視線を下げたを、菅原は見逃さなかった。

、俺聞いてないなー」

菅原の真意を汲み取ったは、「わたしも、ずっと前から好きだよ」そう小さく呟き、背伸びとともに唇を寄せた。

2014.05.04

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